K子の稽古
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「助けてください」と言えたとき、人は自立している

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未来を着る。なりたい私になる服選び
ファッション心理セラピスト®冨山敬子です。

 

しばらくぶりの投稿です。
8月1日に激しい目まいと頭痛、吐き気に襲われ入院しておりました。頭を1センチ動かすだけで目まいが襲ってきて吐いてしまい、なかなか辛いものがありました。目を開けることが辛かったので、文字を読む、書く、考える作業はできなかったのです。

 

 

病院では食事がとれないので点滴をしなければならず、かといって20年前の乳がん手術で右脇リンパ節を切除しているため右腕の点滴はNG。そんなのわかってるけれど、右腕の方がまだ対処できる血管なので内緒でしてもらいました。左腕は刺すところがなかなかなくて…。いずれにしてもどちらの腕も針を刺してもすぐに漏れてしまう有様。これが激痛で…。看護師さんによると、「血管壁が脆すぎ。体の中身はボロボロですよ」と。

 

 

頭痛も目まいもなかなか治らずしんどかったし、点滴が痛いのも苦痛でしたが、そんなことよりももっと辛かったのは、自分の力ではトイレに行けなかったので、看護師さんの手を借りないといけなかったこと。

 

 

起き上がることはできないので、①ナースコールボタンを押し、②トイレに行きたいと告げ、③車椅子に乗せてもらい、③トイレに連れて行ってもらう。④小用が終わったらボタンで看護師を呼び、⑤手を洗うところへ連れて行ってもらい、⑥ベッドまで運んでもらう。

 

 

もうこれが苦痛で苦痛で。たまたま私のいた病室の場所がトイレから一番距離の遠いところに位置していて、ちょっと頑張って歩くとか出来るレベルじゃ全然なくて。心は這ってでも行きたいくらいだったけれど、どうしても看護師さんを呼ばないと行けなくて。私は自分のことは自分でしたい性格だし、他人様の手を煩わさせるなんてと思うと情けないし、申し訳なくて。だって、あっちでもこっちでもナースコールがバンバン鳴って、夜中なんてそれでなくても看護師さんの手が足りなくて、それなのに私なんかがトイレくらいでわざわざ呼ぶなんて。そう思うと苦しくて苦しくて。本当にそれがすごく嫌でした。そう思うとさっき行ったばかりなのに、すぐにトイレに行きたくなって、我慢して。ここでナースコールを押したら「また?」と思われないかなとか、「忙しいのに勘弁してよ」と思われないかなとか、変なところに気を遣って頭がグルグルしちゃって。

 

 

早く一人でトイレに行きたいとそればかり考えて。で、夜中に1人で点滴棒を左手に持ち、右手は廊下の手すりを持ちつつ、頭痛と目まいと闘いながら、よたよたしながらトイレに行きました。案の定、途中で看護師さんに見つかり「何してるんですか」と注意され、車椅子に。おまけに、さらに具合が悪くなるという最悪の事態になってしまいました。そこからは看護師さんを呼ぶことに少しは観念しましたけど、やはりナースコールを押すのは抵抗がありましたね。

 

 

「入院患者なんだからそんなこと気にしないで呼べばいいじゃ」んと思う人もいるかもだけど、そのときはそんな気持ちには微塵もなれなくて、とにかく看護師さんに申し訳ない、他人様に迷惑をかけたくない、そんなことばかり考えて苦しくて苦しくて。

 

 

それで気付いたのは、私は自分のことは自分でやりたい、誰の助けも借りず自分でやりたいタイプなんだなと、はっきりわかりました。逆に言えば、私はなんでも自分でも出来ると考えていたのでしょう。とにかく早く退院したい、家に帰りたい、家に帰れば自由にできる、他人様の手なんて借りたくない、迷惑をかけたくない、そればかり考えていました。

 

 

ところが、そんなときにはさらに追い打ちをかけるようにイベントがあるもので、来週末には私が企画主催した上映会が控えておりました。参加される方は楽しみにしてくださっているだろうし、それに向け準備してくださっている方もいらっしゃいますから、私の事情で今さら中止にはできないと思いました。その会は料理持ち寄りにしておりました。段取り君の私としては、ごはん担当、おかず担当、デザート担当、飲物担当、上映担当、テーブルセッティング担当など、それぞれの役割を決めなくてはと、ベッドの上で独り焦っていました。ですが私は入院中で、おまけに頭も体も上手く働きません。考えごとをすると頭痛が襲ってきます。どうしたらいいんだろうと悩みました。

 

 

そのとき、ハッと気付きました。「メンバーに入院していることを明かして、助けてもらえばいいのだと」

 

 

「なんだそんなことか」と思われるかもしれません。でも、私にとっては一大決心だったのです。20年前に乳がんで入院したとき両親にも明かさず、ましてや幼稚園のママ友にも言わず、たった二人を除いて誰にも言っていません。私は今まで自分が具合が悪いことや病気のことを明かさず、体力的に辛いことがあっても出来るだけ他人を頼らず、色々なことを隠して生きてきたのです。

 

 

だから、「助けてください」と言葉にしたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。それほどまでに私にとっては勇気のいる行為でした。その一言が言えたせいか、それまでは悩んで苦しくて悶々としていたのに、胸のつかえが取れて、気持ちがスッと楽になりました。何とも言えない清々しさを感じました。お陰様で上映会はスムーズに運び、無事に終わりました。

 

 

その頃、たまたまある本に出会いました。
安富歩著『生きる技法』

 

 

「自立とは依存すること」

 

 

「助けてください」と言えたとき、あなたは自立している。

 

 

今までの人生観を根底から覆す衝撃的な言葉でした。あまりにタイムリーな内容に膝が崩れ落ちそうでした。この本と、生まれて初めて「助けてください」を言えた自分の体験から大きな気付きを得ました。私は54年間、自分一人でやらねばならないと思い込んで、勝手に抱え込んでいたんだなと。それが他人に迷惑をかけないことだと思っていました。「助けて」と言うのはみっともないことだと思っていました。「助けて」と言うのは一人で出来ない人が言う言葉だと思っていました。SOSを発信するのは、それこそ究極の命に関わるときにしかしてはいけない行為だと思い込んでいました。だから他人に頼ってはいけない、それが自立というもので、自分一人で出来るのは立派な人間だと思っていました。私は自分のことを他人に頼らず自立している立派な人間だと信じていたのです。

 

 

 

で、たまたまある映画を観たんです。
『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』です。主人公の鹿野さんは筋ジストロフィーなので、自分のことは自分でできません。ですが病院ではなく、普通の家に暮らしています。大勢のボランティアに指示を出し、食事はもちろん入浴も排泄もすべてを介助してもらいます。それなのに、自立した障がい者として扱われているのです。それについての講演活動もします。鹿野さんの言葉で印象的だったのは「人には出来ることと出来ないことがある。出来ることの方が少ないんだぞ」です。

 

 

『生きる技術』で「自立とは依存である」とあり、自立とは何ぞやと考えたときに観た映画だったので、さらに自立について深く考え、頭に一撃をくらったかのように衝撃を受けました。

 

 

私は自分一人で何でも出来ないといけないと思って生きてきました。それが自立だと思っていました。それが人間としての正しい道だと思っていました。そして一人で出来る人間だと思っていたわけです。なんと高慢な人間だったことか。愚かで滑稽です。一人でできることなんて、たかが知れてます。出来ないことだらけです。そこにようやく気付きました。

 

 

私がここで自立とは何かをわかりやすく語ることはできないので、ぜひ安富先生の本を読んで欲しいと思います。

 

 

今回の療養期間中に気付きがたくさんたくさんありました。お休みをいただいていた間に本を読み、映画を観たりして、ゆっくり過ごし、さまざまな考え方に触れました。頭と体と心、そして魂の4つはそれぞれ違うことがよくわかりました。いまはヨガをはじめて、食をすごく意識するようになりました。何よりも自愛を大切にしています。

 

 

まだまだ伝えたいことをうまくまとめられないのですが、今までとは考え方、感じ方が変わりました。これから少しずつ、私が目指したいことを綴っていこうと思います。

 

 

 


 

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